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神田日勝記念美術館 学芸員コラム

映画『大地の侍』

2021/05/18

 遅咲きの桜も咲き終えて、いよいよ十勝鹿追町にも躍動の季節到来と言いたいところですが、コロナ禍の緊急事態宣言発出で美術館も身動きの取れないもどかしさに苛まれています。
 今年に入り、HAL財団理事長・磯田憲一氏とのお話の中で、近日中に東映の協力により映画『大地の侍』(1956年公開)のDVD化が実現することを知りました。「明治維新(1869年)後、朝敵の汚名を受けた奥羽岩出山藩主従が新生の地を求めて、北海道石狩川の大原野に挑み、屈辱、困窮に堪えながら肥沃の大地を築いていく開拓使の物語」(映画『大地の侍』パンフレットより)で、本庄睦男の小説『石狩川』を映画化したものです。
 4月末には試写会が実施されたと聞き、いよいよ全道にも北海道開拓の時代を彷彿とさせる巡回プロジェクトが展開されるものと期待が膨らみます。
 
 さて、神田日勝一家が戦火を逃れて東京から鹿追町に疎開したのは、明治維新から76年後の1945年(昭和20年8月)。その頃には十勝の大原始林も、道外各地からの入植者により一大農地に変わりつつありましたが、新たな開拓者たちに与えられた土地は、先に入植した人々が開拓を諦めた荒れ地ばかり。維新から76年過ぎてもなお開拓の道は険しく、東京からの神田日勝たち疎開者もまた、想像を絶する艱難辛苦の日々を味わいながら営農の道を切り拓きました。

 さらに年は経ち、神田日勝が急逝してから51年、かつて不毛の地と称された北海道は農業基盤も整い、今や日本の穀倉地帯とも自負し得る存在となっています。この豊かさこそ、開拓者たちが命を削って築き上げた血流史の上に成り立っているものであることを忘れてはならないものと考えます。
 私にとってもまだ見ぬ映画『大地の侍』ですが、この機に多くの道民の皆様とともに鑑賞し、北海道農業への理解と共感のすそ野を広げると同時に、厳しさ増すコロナ禍の時代をも乗り越える心の糧となればと願っています。



神田日勝記念美術館館長  小 林  潤

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